アールグレイ
アールグレイ コラム
1 アールグレイ 由来
2 アールグレイ 飲み方
3 アールグレイ ミルクティー
4 アールグレイ 研究会
イギリス紅茶 歴史
1 ヨーロッパに渡欧したお茶
2 イギリスのティーガーデン
3 英国が紅茶大国になった理由
4 イギリス産業革命と紅茶
5 イギリスで紅茶が安かった理由?!
6 イギリスでティーポット不足?!
アールグレイ お客様レビュー
1 アールグレイの香りがとても...
2 アールグレイの香りが癒して...
3 ベルガモットのいい香りに包まれました。
4 アールグレイは癒してくれます。
5 なんと!よい香りでしょう! (東京都 M.K.様 2009年1月)
6 我が家でも好評でした (M.M.様 2009年5月 )
7 何度もリピートしています (北海道 H.H.様 2010年3月)
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★本日のメニュー★ 〜ティーポット不足〜
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当時、まだイギリス国内でのティーポットやカップの生産は行われてお
りませんでした。
お茶を中国から船で運ぶ時に、バラスト(船のバランスを取るもの)
としてティーポットはオランダに運び込まれている程度でした。
お茶を入れるのに欠かせないティーポットの不足は重大でした。
そこで、1730年オランダから陶磁器の技術を持った職人をロンドンに
呼び、陶磁器の生産をスタートさせることになったのです。
高温で焼いて作られる陶磁器は、石炭を必要としました。
その石炭はイギリス北部のマンチェスターや地方からテムズ川を使って
ロンドンに運び込まれ、その為、テムズ側沿いには、陶磁器の工場が
建ち並んでいたそうです。
実際、私がロンドンの紅茶博物館に通っていた通勤路にも
“Potter's Field”(陶磁器職人の庭)と呼ばれる公園が
タワーブリッジのすぐ傍にあり、当時の面影を偲ばせていました。
ロンドンで技術を得た職人は、石炭の取れる内陸部に移り住み、
大規模な工場を建て、本格的な陶磁器生産に取り掛かることになります。
その流れに乗って、有名なウェッジウッド等も登場する事になるのです。
紅茶がイギリス経済に与える影響というのは、とても大きなものだった
のですね!(^^)
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